きょうの目

ストライプな日常

私のペット

FAQ

トップページ

曇りのち 時々晴れ コスモス

外房にお住まいのコスモスさんのエッセー、「曇りのち 時々晴れ」を連載します。どうぞご期待下さい。(月〜金曜日のみ)
「曇りのち時々晴れ」BN 01〜90
「曇りのち時々晴れ」BN 91〜168
「曇りのち時々晴れ」BN 169〜242
「曇りのち時々晴れ」BN 243〜270
「曇りのち時々晴れ」BN 271〜344
曇りのち時々晴れ」BN 345〜399
「曇りのち時々晴れ」BN 400〜442


08/12/11
曇りのち時々晴れ 492
9日に半年に1回の大学病院の予約診察に行った。半年前はMRIを撮ったが今回はレントゲン4枚。次回はCTを撮るそうだ。半年前に「脊柱管狭窄」と言われ、右足が痛かったが、コルセットをしたらその痛みがなくなった。もうコルセットは離せない。でも医師は離せなくっていいよ、と言った。「僕も腰が時々痛いんだ、そんなときはコルセットするんだよ」と言う。医師の頭に白いものがチラホラ、目に付いた。コルセットはどんなのしてるの?と言うので見せた、幅は十数センチのもので、腰のベルトみたいだ。しかしこれがきいてる。もうひとつ幅広のがあるが、ほとんど使っていない。腰が矯正されて痛くなくなったのでしょう、と言われた。このままどうか状態が落ち着いてくれたらいいなぁ。しかし腰の骨化がはっきりとレントゲンでわかり、これが神経を圧迫してるのでしょうと・・・。手術はできないでしょう、と言われる、前回は手術したければやれる、みたいな事を言われたが今回は言われない。それと前回は骨化より加齢によるものかも知れません、と言われた。あれからまた違ってる。まぁ、いろいろと調べてわかることもあるのだろう。しかし現在困ってるのは歩いてて立ち止まると足が突っ張って、次の足が出なくなる、これは治らないのだろうなぁ〜。大学病院はこの日の診察者5000人を越えていた。銀杏の黄葉が見事だった。


08/11/04
曇りのち時々晴れ 491
月日のたつのが早い。何をしたというわけでもなく日々過ぎていく。昨日は急に冷え込んで身体が硬くなって、すごく動きにくくなってしまった。身体が不自由でも痛みがなければいいのだが、この痛みはどうしようもない。痛み止めを飲んでもあまり効かないようだ。人によってはペインクリニックとかにかかってるようだ。でも遊ぶ時は遊んで気を紛らわす。このところ引きこもってるが、10月に草津温泉へ行き、来週は山中湖のほうへ友人と行く予定だ。今年で最後かも・・・、皆といつまで行かれるかわからないが、車で連れて行ってくれるので、何とか行けそうだ。今日は日差しも午後から出てきた。いつもはラジオを聞いてるかテレビを見てるかだが、時には音のない生活を楽しんでる。静かな生活もいいものだ。何かで読んだが、人間は狩猟民族として、いつも耳をそばだてていなければいけなかったようだ。歳とともに聞く力も弱くなっていくようだし・・・。昨夜テレビで俳優の長門裕之氏が奥さんの南田洋子さんを、介護する様子が放映されたが、若いころはさんざん奥さんに苦労をかけたであろう長門氏が、記憶がなくなりつつある奥さんを介護する姿は、お手伝いさんがいるから、出来る事なのだろうが、いい夫婦に見えた。


08/09/26
曇りのち時々晴れ 490
編集長さんは九州を旅行されたのですね。私も北九州に行こうかな、と考えていたところなので、少しびっくり・・・。北九州に住む娘が来年1月にはこちらに帰ってくることが急に決まった、娘がいる内に遊びにおいでよ、と言ってくれるので12月初めくらいに行こうかな、と今日娘と話して決めた。北九州には若い頃の友人がいる。会えたらいいなぁと思うが、はたして三十年ぶりに会うとなるとお互い変わってるだろうし、わかるだろうか?と気になる。手紙のやり取りはしているのだが・・・。9月もまた下旬になってしまった。今月は14,15日に詩の同人たちと渡良瀬渓谷のほうに行ってきた。国民宿舎に泊まって、翌日足尾銅山跡を見学した。私は2年前に行ったことがあるので、銅山観光には行かなかったが、あの川向こうに建つ製錬所の工場跡はいやでも目に入る。そこにいたときNHKが取材にきていカメラを向けられた、1週間後の夕方の「首都圏ネット」で放送と聴いていたが、ちょうど自民党の総裁選挙やら、組閣があって放送はなかった。50年間ここの景色を撮影し続けてるアマチュアカメラマンの方がいてその方の取材なので私たちは映るかどうか?わからないのだが・・・。私が千葉から来たといったら、若い職員は「ボクは稲毛なんです」と言ってた。工場跡は確かに巨大な廃墟で見るものをひきつける、しかし家に帰って2年前の写真と比べたら、ますます荒廃が進んでいた。これはどうするのだろうか?壊すのか?中には人も住んでるらしく(個人の建物、会社の建物?)荒れていない建物もあった。
公害の原点としてこの荒れ果てた工場跡は残してもいいのではないか?是非残して欲しい。「負の遺産」として。


08/09/05
曇りのち時々晴れ 489
8月もあっという間に過ぎてしまった。一体何をしていたのか??暑かったけれどエアコンはあまりつけなかった。北九州に住む娘が帰省した、一緒に下の娘も孫を連れてきたので、楽しい日もあった。8月後半孫娘4歳がひとりで3日ほど泊まった。夜が少し寂しくなるらしく「明日ママに迎えに来てもらう」と小さな声で言ってた。昼間は遊んでいてそんなこと忘れてるようだったが・・・。なかなか家では見せてもらえないテレビも、「テレビが見たーーい」と言って自分でチャンネル回してた。テレビで永谷園のお茶漬けの宣伝がある。子どもが朝からお茶漬けを食べてるコマーシャルなのだ。孫はお茶漬けは食べたことがない、と言うので食べさせてあげた。美味しかった?と聞くと美味しかったと言う。食べるものはピーマンが好きと言うくらい野菜大好き、肉も魚も何でもよく食べる。きれいに食べる。味噌汁も最後の一滴まで飲む。ゆっくり食べる。お箸も上手に使う。いただきます、ご馳走様も必ず言う。お菓子はあまり食べない。しかしわが家にあった「サクマのドロップス」が気に入ってイチゴ味のドロップばかりを欲しがった。9月末には5歳になる。ついこの間生まれたばかりなのに・・・。


08/08/08
曇りのち時々晴れ 488
数ヶ月前「すい臓がんの末期なの・・・」と電話があった友人が亡くなった。告知から4ヶ月半、7月31日だった。8月1日娘さんから電話があった。「もしかして・・・」と思ったとおり亡くなったと娘さんが電話で伝えてくれた。私と同じ63歳、まだ若い!!ホスピスで亡くなったという。亡くなった彼女は27カ国を一人でバックバッカーの旅をした。亡くなるまでの間に今まで出した詩集6冊から選んだ詩をまとめて詩集を出したと言う。詩集が出来上がったのがちょうど亡くなった日だったと言う。彼女は若い頃金子光晴と一緒に同人誌を出していた。金子氏と交流が深かった。最後の詩集には金子氏との思い出も書かれてるとか。娘さんから「母とはどうゆうお知り合いですか?」と聞かれた。娘さんには昔「詩人会議」で出会ってから長いこと疎遠だったが、数年前夫が彼女と朗読会で再会し、そのころ彼女は「終の棲家」を探していた。外房方面も探しててわが家に来て泊まって2日間家を探していった。しかし彼女は「平塚市」に落ち着いた。海あり山ありでとても楽しく過ごしていた。そして突然のガン宣告だった。「平塚に遊びに行くね」と言いながら、ついにその約束を果たせなかった。付き合いはほんとうに短期間だったが、彼女のブログは楽しかったし、HPも充実してた。いまでもそのままになってるHPを開いてみてる。娘さんは「母の行き方は真似できません」と言ってた。梅田智江さんさようなら・・・。素晴らしい人だった。忘れないよ、あなたのこと!!


08/07/31
曇りのち時々晴れ 487
気が付けば7月も今日で終わり、何をして私は日々を送ってるのか?脊柱管狭窄と診断されてから、さて毎日をどう過ごしたらいいのかと悩みつつ、ばったり外を歩くことがなくなった。足が痛むことも多い、なぜか右足だけが痛い、腰はどうしようもなく重い。今までのように月に2回の絵手紙(2時間)は行く。プールも時々歩くために行くようにしてる。あとはカラオケに最近行くようになった。先日は8人も集まって昼の1時ころから夕方5時ころまで、女性ばかり、料金は600円。懐メロ大会だ。演歌が好きな人、若い頃歌った歌、この間は守屋ひろしの「有難屋節」やら畠山みどりの「恋をしましょう 恋をして〜♪」などの昔の唄で、昭和30年代生まれの人にはまったく通じなかった。また最近は布のぞうり作りを再開、友人に教えてあげたりしてる。脊柱管狭窄と言っても知らない人、知ってる人といろいろだが、足がしびれて痛い!!今日はこれで・・・。


08/07/09
曇りのち時々晴れ 486
近所で建築中の家がある。結構音がうるさい。わが家も建てるときには近所ではうるさかったのだろうなと、今になって思う。
2年前から物忘れひどいかな、と気になる友人がいる。2年前一緒に旅行に行った時同じことを何回も言うので気になった。「何時出発だっけ?」と何回も聞く。最近はもっとひどく、あちこちでトラブルを起こしてるという。一度ご主人に電話したのだが、病院に連れて行きたいが、行かないのだという。娘さんが言ってもだめだとか。病院へ行くのは難しいのだろうな。たまに仲間とカラオケに行く。しかし友人は歌の名前が出てこない、こちらで彼女が歌える歌をセットしてあげると、見事に歌うのだ。上手なのだ。しかしメロディーが出るまで知らない、知らない、と言う。反対に歌った歌をまた歌うと言う、まだ歌っていないと言う。物忘れが進んでる。町に「物忘れ外来」にある病院があるのだが・・・。友人自身もかなり不安を感じてるようだ。だからこそ病院へ行ってほしいのだが・・・。家族の言うことは聞かないらしい。


08/06/25
曇りのち時々晴れ 485
昨日は半年ぶりの千葉大病院の診察だった。数年ぶりでMRIを撮ることになっていた。お昼ころ病院に着いた、3階のレストランへ行って昼食を食べる。なんか体中が痛くって変だなぁ、と思って考えたらどうも今朝薬を飲まなかった、飲んだ覚えが無い。前日の夜から翌日の昼まで痛み止めとか飲んでいないのだから、体調は最悪だ。家から車で走り出してから苦痛で、どうしたのか?と思ってた。ここのレストランは以前は美味しかったが、美味しくない。客も少ない、ランチだけど馬鹿に安い。もうここには来ないぞ、と思う。食事が終わってMRIに、やはり今朝の薬の飲み忘れから、気分も悪く緊張のせいもあるのか、断りたいくらいだった。しかしMRIの検査ははじまり、はじめのあの「カンカン」とたたかれるような音におどろいた。腹式呼吸をしながら目をつぶって、数を数えていた。終わるころにはなんともなくなったが、緊張した。私はあの中では絶対に目をあけない。閉塞感がいやだ。しかしあの音何とかならないのかな〜、と思う。診察の時にはもう医者のPCにすべて映像が取り込まれてる。それを見ながら医者は腰椎の5番あたりが狭くなってると言う。脊柱管狭窄なのだと。以前手術したところから下がどうしても負担がきて悪くなるらしい。手術は大変だからといいつつ、手術はしないほうがいいでしょう。手術したいと思ったら連絡ください。私はしたくないと言った。しかししなかったらどうなるのか?聞きそびれた。きっといつかは歩けなくなると言いたかったのかも・・・。主治医はすごく困った顔をしていたもの・・・。あまり歩かないほうがいいのか?しかし適度に歩かないと・・・。
すこし出歩くのを控えようかな?先々に予定が一杯なんだけど、なんて言って断ろうかな?


08/06/23
曇りのち時々晴れ 484
約1ヶ月もさぼってしまった。四川大地震にはじまって、秋葉原の通り魔事件だの、岩手・宮城地震があり、怖い世の中だと思った。地震で山が崩れた映像を見て、はじめは本当にびっくりした。友人と久しぶりに電話で話をした。娘さんが秋葉原のマンションで一人暮らしをしてると聞いていたので、どうしたかと気になった。幸いその日は出掛けてたらしい。友人は10年以上も前から精神的治療をうけている。最近はちゃんとメンタルクリニックにかかってる。鬱と言うより「不安症」らしい。ひとりでいるのが怖いという、夜眠れない。だるい、疲れる。昔は元気だったのに、すぐ疲れるという。でもパートで仕事もしてるし、友人と旅行したりしてる。先日も福岡に住む娘さんが孫を連れてきたので、デズニー・シーに連れて行ったりしてる。先日の電話では、家の鍵をかけたかどうか、気になって何回も声に出して確認するという。エレベーターで降りるときでも、気になると戻って確認するという。お孫さんのことでも、娘さんのことでも、交通事故とかが心配で仕方がないという。かなり不安が広がってるのだろうか?世の中があまりにもいろいろと事件が起きるので、心配すればきりが無い。


08/05/27
曇りのち時々晴れ 483
友人が土門拳写真集「筑豊のこどもたち」を貸してくれた。この本は友人が友人に借りたものなので、すぐに返したが・・・。この本1960年に1冊100円という値段で出されてる。本というよりも雑誌のようなもの。茶色く変色している。印刷も良くはないが、土門拳はあえてザラ紙を使って100円という値段にしたようだ。ネットでみると、2千円台でいまでも売られてる。私は筑豊と言う地域、三井三池といわれる炭鉱のことを知らないと考えさせられた。炭鉱の落盤事故でたくさんの人が亡くなるのはニュースで何回も聞いてる。三井三池闘争とかも聞いてる、そして荒木栄の歌も知ってる、しかしこの写真集をみて、炭鉱に暮す人たち、また親をなくした子どもたちの姿を知って、貧困、親を亡くした子どもの悲しみの顔、児童相談所で過ごす子どもたちの笑顔、この子達はこのあとどうなったのか、そしてこのような時代があったこと、知らなければいけないと思う。友人が常磐炭鉱で育った友人にこの写真集を見せたら、こんなにひどくはなかったと言ったそうだ。土門拳のこの写真集は本当にすごい!!


08/05/15
曇りのち時々晴れ 482
友人から水上勉著「飢餓海峡」を借りた。この作品は1963年朝日新聞社刊を、1995年改訂版を出すにあたって誤字や思い違いの点を直したというもの。はじめに上巻を借りて、一気に読んでしまったが、またしばらくして下巻を借りた。確かこの映画のことは、昔あったなぁ〜と思い出す。上巻は昭和22年という敗戦間もないころ、貧しい土地で身体を売って生きる八重という女性が、ある日客の男から大金をもらう。八重はそのお金で、借金を返し、東京へ出て行く。そのお金がなかったら、八重は一生身体を売ってお金を得るしか生きる道はなかった。お金をくれた客のことはしゃべることなく、逃げるようにして東京でも生きる。しかしある日新聞でその忘れることのできない男の写真を見て、一言お礼が言いたいと、遠く京都まで会いに行く。男を訪ねるとすぐ八重は殺されてしまう。そのことから事件の解決までに追いかける警官の姿もすごい。八重を殺した男にも貧しさ故の生き方があった。決して悪い人ではないのだ、あとで八重を殺してしまったことにも後悔する。先日テレビで石川さゆりさんがこの飢餓海峡を芝居にして歌ったのをちょこっと見た。せつない歌だった。おもしろく読み応えのある小説だった。


08/05/06
曇りのち時々晴れ 481
今朝は夫と息子が仕事で出かけた。なぜか月曜日と勘違いし、ゴミを出そうとしたら息子に「今日はゴミが出ていないよ」と言われ、月曜日でないことに気が付いた。連休ボケかな?しかし連休後半は天気がいい、と言う予報だったが、きのうまでまったく青空も太陽も見られなかった。海沿いは小雨も降ってた。今朝はいい天気、やっと晴れだ!!!まぶしい日差し。毎日が日曜日の私だが、6日が休みとは初め思わなかった。なにやら去年国会で決まったそうだ、6日は4日の祭日の振り替え休日なのだとか。そのように祭日が日曜日だと翌日に限らず、振り替え休日にすると言う、休みが増えるということになるそうだ。来年もそうして長い連休になるそうだ。息子は祭日は休みではないから関係ないといえる。4日に大多喜のほうに出掛けたが、道に駅は混雑していた。


08/04/30
曇りのち時々晴れ 480
数ヶ月前より背中が痛いと言っていた友人が、すい臓がんの末期だと電話があった。あと1年生きられないと、私と同い年。すい臓ガンではないか?と自分でも疑っていたそうだ。医者にも言ったが違うといわれたとか。腰のすべり症といわれ治療をしてたが、痛みは治まらず夜も寝られず、苦しんでいた。いろいろの治療を試みたりして、プールにも行ったりしてた。そのうち精神的に病んでるのではないかと気分転換に沖縄に遊びに行った。しかしそこでも我慢できず、予定より早く帰ってきた。最後はCT検査をしてわかったらしい。そんな彼女の状態はブログで読んでいたのだが、病気がわかってからブログは閉じてしまった。今はとにかく「精神的にも、肉体的にも最悪の状態です。落ち着いたらメールします。それまでそっとしておいてください」とのこと。とっても明るくって、いつも元気で、世界のあちこちを安い旅して、HPにアップしていた。こんな時はなんと言っていいかわからないけれど、生きられる時間を精一杯生きて欲しい、と願うばかりだ。


08/04/22
曇りのち時々晴れ 479
きのう午前中家の裏のほうに生えてる蕗をとり「キャラブキ」を煮た。硬いかなと思ったが意外とやわらかく美味しく出来た。ほろ苦くってなんともいえない味。お昼ごろお隣の家から「竹の子」を頂いた。さっそく湯がいてたら(圧力鍋で湯がいた)ピンポーンとチャイムが鳴って出てみると見知らぬ方が・・・。「小島です」と言うその方も竹の子を持っていた。わが家からちょっとはなれたところに小島さんはいる。そこの小島さんですか?と聞くとそうだという。しかしいつも見る小島さんとはまったく違う。しかし私はうれしく頂いた。竹の子はさらに太く大きかった。そして小さなのもあった。そしてクレソンも一緒にくれた。竹の子の大好きな私にはなんともうれしい頂き物だ。わが町の山のほうには、小さな水の流れにクレソンが自生しているのを数年前に見たことがある。それが美味しかったのでこれも楽しみ。そうして2本の竹の子を湯がいて1本は煮物にして食べた。アクもなくやわらかく美味しかった。庭から山椒の葉っぱを摘んで煮物の上にのせた。近くの空き地から三つ葉を摘んで桜えびとかき揚げ。春の香りを味わった。


08/04/14
曇りのち時々晴れ 479
暖かくなってのでプール再開!はじめはちょっと勇気が・・・。寒かったり暖かかったりで体調維持も大変。体力をつけるためにも行こうと・・。あまり無理をせずに、なんて思いつついざプールに入ってみれば泳ぎたくなる。泳げないのだけれど・・・と言うか息継ぎが出来ない、教えてもらっても出来ない、簡単なことなんだろうけれど、出来ない。この前吉永小百合著「夢の続き」と言う本を読んでいたら、彼女の水泳はすごい、しかしはじめは息継ぎが出来ず、何回も水を飲んでたらしい。私はプールの水は飲んでいない。飲むほどにやらなければいけないのかも・・・。「歌を歌うように」とか、「咳払いするように」と言われたらしい。それでも3ヶ月かかって泳げるようになったとか。私なんかもう何年?病気があるのだから出来なくって当たり前?しかし泳ぎたい。それからもう1つ「背泳ぎ」もやってみたい。しかしどうして背中を水面に浮かせることが出来ない。怖い!!うつ伏せで浮くことは出来ても、天井を見て浮くことがなぜこんなに怖いのか?やはり背中に棒が入ってるからかもしれない。なんでもない人ならば平気なのかもしれない。


08/03/25

曇りのち時々晴れ 478

今朝いいお天気に誘われて散歩に出る。ご近所の庭の桜が1輪咲いていた。きっと今日の暖かさでもっと咲く事だろう。毎年この桜が私の一番身近な桜として散歩途中楽しんでいる。このところ河津桜が有名になってこのあたりでもあちこちで見かける。河津桜はもう緑の葉っぱになってる。白木蓮や黄色の花ミモザアカシアと桜が並んで咲く場所がある。とってもきれいだ。2月に引いた風邪が約1ヶ月かかって治った。今年の冬はまったくプールに行かなかった。去年はせっせと通っていた。やはり体力的に落ちてるのかな。もう少ししたらまたプールに行きたい。テレビが壊れてテレビなしの生活を1週間ほどしてみた。私はすっかりテレビ人間になっていて、一日5時間以上は見ていた。見てると面白くなってくだらなくても見てしまってた。この数年私は本を読むことから遠ざかっていた。このさいだからと近くの図書室で本を探すが、ここは蔵書が少なく本当に読みたい本がない。町の役場近くの図書室はいくらか多く行って見たら読みたいような本が借りられた。暇な生活をしてるので読んでいると1冊は1日で読める。テレビも本も選んでいかなければいけないと思う。

編集長さま

チュニジアのコスモスのはびっくりでした。

一瞬秋が!!と思われましたが、チュニジアではコスモスの咲く季節なのでしょうか?

お花はどこでも同じように咲くのですね。

私は日本でラクダに乗ったことがあります。それも隣町白子町に「ラクダの国」があって乗りました高い背中でした。今はありませんが20数年前のことです。



08/02/15
曇りのち時々晴れ 477
姜尚中(カン・サンジュン)著「在日」を読んだ。数回テレビで顔をみたことがあるが、その声といい、話し方が優しくって、かっこいいなぁー、と思った。男もほれる方だとか・・。深夜のテレビ番組に出演されてるようだが、見たことがない。本人の顔が本の表紙になってるが、写真が苦手と書いてある。朝鮮戦争の年1950年に熊本で生まれる。両親のこと、生まれ育った朝鮮人集落でのことなどが書かれてる。大学生の時韓国を訪れ、帰国後日本名「永野鉄男」を捨て、姜尚中(カン・サンジュン)で生きることを決めた。それまでは「政治音痴」だったが「政治人間」に変わっていった。ドイツ留学も大きな変化をもたらした。指紋押捺拒否の問題もあった。「在日」1世のお父さんの死もあった。常につきまとう「在日」、そのことによる自分の心を真剣に見つめ、書きつづられたこの本は、私にとって心揺さぶられるものだ。
彼は著書の最終章で「東北アジアでともに生きる」ことをひとつの目標に掲げた。日朝関係の正常化がなければ、この地域の未来はないと。残された人生をこの地域の歴史をめぐるわだかまりを克服すべく作業をしていきたいと、著書の終わりはそう書かれている。


08/02/12
曇りのち時々晴れ 476
日曜日午後フジテレビで「かるた小町」と言うドラマをやっていた。1時間だったがとっても面白かった。高校生の小倉こまちと言う女の子はひとりが好き。唯一の茶道部員で、部室(茶室)で授業をサボってる。茶室ニートと呼ばれてる。ある日競技かるた「かるた小町杯」に出ることになる。ペアを組むのはバトミントン部のエース、潮崎アリサだった。彼女は気性が激しく周囲から浮いてる。お互いかるた取りの特訓が始まる。まったくやる気のない小倉こまちと、練習熱心なアリサ。逃げるこまち、足を引っ張らないで、と言うアリサ。しかしアリサにも悩みが・・・・。友達がいない。いつもひとりで頑張ってるので、バトミントンもダブルスは苦手。シングルがいいと言う。相手を思いやる気持ちがない。そんなアリサにこまちが「肩に力が入りすぎてる」と言う。こまちが持ち歩いてる水筒のお茶をすすめる。「飲んだら1,2,3フー」とすると肩の力も抜けて落ち着くよ」と教える。優勝をかけた競技大会が近づき、お互い練習にも力が入る。そして当日、緊張するこまちにアリサがお茶を入れて「フー」して気持ちを落ち着けて、と言う。そしてとうとう強敵を破って優勝する、と言うドラマなのだが、最後はすっかり仲良くなってお茶室でお手前をするこまち、お茶をすするアリサ。アリサには笑顔が戻ってる。高校生の友情を描いたものだが、なんだかこんなドラマ見てると、気持ちが明るくなる。


08/02/07
曇りのち時々晴れ 475
先日の日曜日フジテレビにて午後2時から「ザ・ノンフィクション『女二人灼熱の大地を駆ける』」を見た。アフリカのスーダン南部・カボエタで活動するWFP職員・野副美緒さん、32歳。彼女の仕事は毎日食料もなく暮らす人たちに食料を届ける。そこはとても危険な場所なのだ。車は襲撃されないように猛スピードで走らなければならないと言う。現地で待つ3000人を超える人たちに、食料をめぐって喧嘩が起きることもある。公正に配らなければならない、時には並んでいても足りなくなることもある。配るのは3種類くらい。油と塩とコーンのようなもの。この配給で1ヶ月は生きられると言う。彼女はこの仕事が楽しいと言う。楽しくなかったらここにはいない、と。笑顔のステキな女性だった。もうひとりは「難民を助ける会」の南香子さん30歳。仲間と共に飲み水のない村に井戸を掘る仕事をしている。彼女もたくましい。窪地に溜まった雨水を飲み水にしている人たちに、なんとかしてきれいな水を飲ませてあげたい、雨が降らなければ飲み水もなくなる。その水を汲みに何時間もかけて歩く村人。井戸は掘っても失敗に終わることもある。しかし成功すればみんなが喜ぶ顔がみられる。二人とも笑顔がステキだった。このように外国で活躍する人は他にもいらっしゃるのでしょう。灼熱の大地アフリカの何もないようなところで、命がけの仕事をする彼女たち、素晴らしいと感動した。


08/02/01
曇りのち時々晴れ 474
1月が終わって、もう2月。1月が長かったような、過ぎてしまえば早かったような。1月は寒くって家に引きこもり状態だった。しかし2月ともなると日差しが強く感じられて、お天気のいい日には外を少し歩いてみたくなる。春が感じられるっていいなぁ〜。「おおいぬのふぐり」も咲いている。しかし北風が冷たく身体にあたると、手術のあととか、体の傷が痛む。歩いているうちに足が感覚がなくなり、硬直してやっと歩いてる状態。暖かくなったら少し良くなるだろうか?プールにも行かなくなった。昨年末医師に痛くなるまでプールで運動しては良くないと・・・。それからプールに自信がなくなった。プールの中では体の痛みがないので、ちょっと頑張りすぎてるかもしれない。自分でも気になっていたんだけれど・・・。無理してはいけない、のはわかってる。もうすこし暖かくなったら行こうと思うが・・・。もう泳ぐことはしないで、歩くだけにしようかな。27日から北九州から娘が来ていた。30日に帰った。向こうには友人がいないからか「帰りたくないなぁ〜」と帰り際につぶやいていた。暖かくなればまた気分も変わるだろう。春よこいこい、早く来い!!

08/01/18
曇りのち時々晴れ 473
新しい年が明けて、病気の話ばかりになってしまって、申し訳ないのですが、頭の中の整理をするために書かせてください。
去年詩の同人で亀山温泉で合宿したが、その2日後同人のひとりが倒れた。くも膜下出血だった。集中治療室から大部屋に移って退院と言われて安心したところ、状態は思ったほど良くなく、その後検査して「水頭症」と言われた。年が明けて手術した。今もまだ入院中。早く元気になって欲しい。
また友人のご主人がガンで余命半年と言われていたが、1年が過ぎ今はホスピスに入ってると仲間から電話があった。これもショックだった。
違う友人からの電話で約1年前に倒れたお姑さんが去年クリスマスイブに亡くなったと知らされた。90歳だった。彼女は看護師だったので在宅で寝たきりになったお姑さんを介護してた。床ずれを作らないようにし、夜はベッドの横に寝て夜中も痰を取ったりでゆっくり出来なかったそうだ。でもきっとお姑さんは幸せだったと思う。
その後も違う友人から電話で、母親が肺炎を起こしもうだめかもしれないと言う。
病院から老健施設に入れたと喜んでいたら、肺がんもあるとか言われたそうだ。88歳だからしかたないわね、と彼女は言った。彼女は三人姉妹で母親とはいろいろと確執もあった、しかし彼女が最後まで看るとのことだ。今年に入って、このような話ばかりが続くのだ。


08/01/17
曇りのち時々晴れ 472
今朝の雪には驚いた。ポストの上には1センチくらい積もっていた。寒くってなかなか外に出る気がしない。10時頃にはすっかり晴れ上がって、気持ちのいい天気になった。昨年なにげなく妹のところに電話した。妹の連れ合いが電話に出た。「お元気ですか」と聞くと、何と本人がパーキンソン病だと言う。それはいつわかったのか、と聞くと5年も前のことだと言った。聞くうちに症状はそれ程ひどくはないようだ。自分はもう働くのは無理だと、「妹に悪いです」と言ってた。2,3年前までは金沢にいたのだが、神奈川に戻ってきた。それからは妹が河口湖の旅館で仲居をしてる。なんで仲居なの?と気にはなったが・・。たまに自宅(アパート)に戻ってくるそうだが、妹は旅館の寮に住んでる。子どもがいない妹は専業主婦だった。夫が病気では妻が働くしかないのかもしれない。妹が5年間も話してくれなかったことも、ショックだったが、私自身が難病だから、パーキンソン病に倒れた義弟のこともショックだった。特に変わったことがなければ電話もしない仲ではあるが・・・。そんなことのあと、去年12月に私が大学病院に診察に行った時、知り合いがいたのでびっくり、今年になって友人が知らせてくれたが、12月29日抗がん剤治療のため入院したと言う。私と会ったときは、入院手続きの書類を持っていたそうだ。私も60歳を過ぎて、そうした病気の人の話を聞くことが多くなった。辛いことだと思う。


08/01/14
曇りのち時々晴れ 471
先日長柄町にある温泉に行った。役場の隣にある「福祉センター」にある。町内以外の人は500円。温泉はコーヒー色の温泉。ぬるめのいい温泉だった。その後長柄町にある、アウトレットに向かった。うわさではほとんどのお店が閉まってる、と聞いていたがお正月だからか結構人が出ていた。観覧車も回っていた。しかしお店は閉まってるところがかなりあった。あとは1000円ショップのお店が目立った。車でなければ来られない所、不便だからなぁ〜。つぶれないだろうか?心配になる。開店当時道路が大渋滞したのだけれど・・・。帰り道、茂原に向かう時、今までスーパーマーケットだったと思うが、病院になっていた。塩田病院と言う名前と福島と言う文字が目に入った。編集長が書かれていたのでわかったが、これがテレビなどで有名な、神の手を持つ医師の病院だったのだ。長柄町に久しぶりに出掛けて、道に迷った。市原の「こどもの国」の方まで行ってしまった。カーナビがあったらいいのになぁ・・・と思った。


08/01/07
曇りのち時々晴れ 470
今年もどうぞよろしくおねがいします。
今朝早く消防自動車のサイレンが鳴り、近くで鳴ってるように思って、起きて見たが特に何も見えず、時計を見たら5時半だった。そして7時過ぎに「ただいまの火災は鎮火しました」と放送が流れた。ずいぶん長かったんだなぁ、どうやら○○パチンコ店の近くとのこと。あそこの近所には、我が家に来てくれていたヘルパーさんが住んでるのだが・・。このお正月はほとんどテレビ三昧だった。まぁ、年々テレビと親しくなってる・・。箱根駅伝は今年はかなりしっかりと見ていた気がする。最後は感動の涙が・・。これを見るにはやはりじっと座って見られる環境にいないと面白くないんだなぁ。昔はそんな暇もなかったので、ただ走ってる姿を見ているだけで面白くもなかった。2日は12チャンネルの10時間時代劇を見てしまった。3日?は「のだめのカンタービレ」前編を見た。笑いありヨーロッパの風景を楽しんだり、でも後編は見なかった。きのうは暖かかったが、今日はまた寒い日だ。とにかく「火の用心」しなければ。灯油も高いし、きのうスーパーに買い物に行ったら、インスタントラーメンが、目を疑うような値段だった。ああ、これからもいろいろのものが値上がりすんだろうな。寒々しいお正月だ。


07/12/07
曇りのち時々晴れ 469
3日にNHKラジオ深夜便で虐待体験者の話を聞いた。その翌々日の5日、また1時に目が覚めた。この日は冤罪事件の犯人にされた富山の柳原浩さんがインタビューの答えていた。人権シリーズになっていたようだ。思わず1時間あまりを聞き入ってしまった。どうして犯人にさせられてしまったのか?なぜ「やりました」「はい」と言ってしまったのか、まったく自分には訳のわからないまま、話が進み「弁護士を呼んでください」と言っても相手にもされなかったと・・。「はいか、うんか以外言ってはならない」と言われたとか。国選弁護人には2回しか接見できなかったとか。「やっていない」と言っても聞いてくれなかったと。冤罪はなくならないのか?柳原さんは真犯人が出てきたので良かったけれど、厳しい取調べの中で「はい」と言ってしまう人もいるのだろう。心はボロボロになり、生きていくことさえ考えられなくなって、自殺未遂もしたと言う。今は冤罪で服役中?に亡くなってしまった、お父さんのことを思い、介護の仕事をしている。こんな話を私は眠りの途中に聞いて、その後1時間眠れなかった。その間ちょうど「ジョンレノン」の音楽特集だったので聞いていた。先日はベートーベン特集だった。8日はジョンレノンの命日だ。


07/12/06
曇りのち時々晴れ 468
3日の夜眠っていたらいきなり、というより、つけっはなしのラジオから聞こえてくる声に起こされた。NHKラジオ深夜便で施設で育った人の話だった。1歳で親に捨てられ施設で育ったとのこと、インタビューに答える形で放送されていた。それがあまりにも信じられないような内容でびっくりした。4歳の頃年上の仲間から虐待を受けるのだった。それは窓から逆さ釣りにされると言う虐待だった。親と言うものを知らずに育って、施設の先生もそんな虐待(いじめ)を知らず、先輩から後輩へと子供同士でのイジメは日常的にされていたと言う。たばこを4歳で無理やり吸わされる、それは口止め工作のようなもの。小学1年生で里親に貰われていく。そこには親の本当の子どもが二人いる。ずいぶんと厳しい里親だったようだ。しかし6年生の頃本当の父親に会うことが出来た、しかし一緒に暮らすことは出来なかったらしい。どんな子どもにも親がいる、親がいると言うだけでいい、親と言うものを知らずに育つことの辛さ。この方は今施設を回って講演をしているとのこと。施設には3万人もの子どもたちがいると言う。子どもを捨てる親がいる、「赤ちゃんポスト」も出来た。親がいることだけは子どもに知らせて欲しいと。子どもが犠牲になる事件や犯罪が多すぎませんか?この話を聞いてその後1時間私は眠れなかった。


07/11/27
曇りのち時々晴れ 467
11月24,25日と千葉県の君津市にある「亀山温泉」に行ってきた。詩の同人の仲間で参加者は11人、合評会をかねた合宿だ。遠く神戸市や京都から3人が出席した。去年京都での合宿以来1年ぶりだった。仲間のほとんどがもう退職者で、土曜日曜でなくてもいいのだが、まだ少し定年退職に届かない人がいるので、やはり土曜日曜になった。亀山温泉あたりは紅葉の見ごろかなと楽しみにしていたが、今年はやはり暖かくって紅葉は次週あたりが見ごろかなと言う感じ。車で養老渓谷を通ってきたら結構人が出ていた。亀山温泉はコーヒー色した温泉だった。ホテルからはきれいな月が見えた。お料理も私好みで良かった。合評会は11人分3号分だった、一通りやって12時にお開き。翌日も暖かないい天気。亀山湖では朝早くからつり船がたくさん出ていた。私たちはクルージングにした。船からの景色はとっても良かった。次は「三石観音」に行こうとしたが道が通行禁止でやめた。そこから鴨川に出て「太海フラワーセンター」に行く。昼食を食べてから「仁右衛門島」に行くと言うので私は車で待っていた、3時頃みんなが帰ってきた。3台の車はここで解散した。帰り道も東に大きな黄色の月が見えていた。次に会うのはいつになるだろうか。


07/11/16
曇りのち時々晴れ 466
町の町議会議員選挙も終わった。友人は当選したので手伝ったものたちは、それぞれにほっとした。散歩がてらに毎朝選挙事務所に通って、2,3時間手伝った。自分でも良く通えたなと感心する。季節は冬になりつつあるが、どうも今年は暖かい。1ヵ月半ぶりにプールに行った。これからはプールで身体を動かそうと思う。九州にいる娘が電話で、今朝ニュースでわが町に「おから」たくさん捨てられてあって、悪臭に近所中が迷惑してる、と言うことが「みのもんた」の朝の晩組でやっていたという。わが町の山のほうでは「残土埋め立て反対」の看板が以前から見られていたが、「おから」とはびっくりだ!!このところテレビの色の具合が悪く、あまり見たくないので見ていない。テレビも寿命なのかもしれない。先日炊飯器が壊れて買ったばかりなのに、次はテレビだろうか・・・。お金もないのに・・・。今年から年賀状はやめようと思い、身近にいつも会う方やメールをしてる方には出さないことにした。郵政民営化になってしまったし・・・。なによりも年金暮らしには年賀状代も高く思われる。


07/10/23
曇りのち時々晴れ 465
暑くもなく寒くもなく、何かをするには一番いい季節だ。わが町では来月町議会議員選挙が行われる。友人が候補者(2期目)でわが家の近くに事務所を開いた。まぁ、私の足でやっと歩ける範囲のところだから、ここ数日朝9時に事務所の鍵を開けに行って、午前中留守番してた。ところがたったこれだけのことで「疲れる」のだから情けない。候補者である友人は私より年上だが元気だ。プールもこの夏はせっせと週2回通っていたが、最近友人が体調をこわし、1ヶ月ほど行っていない。こもりがちの毎日だったから選挙事務所に通うくらい出来なきゃ、と頑張ってみたが疲れる・・・。普通の人で歩いて5分くらいのところ、私は10分かかる。事務所では特にやることもないのに・・・。今日は1時間半くらいで帰ってきた。先週は友人5人と那須白河方面に旅行に行った。古布ぞうりを作ってみんなにあげたら、とっても喜んでくれた。夜寝られないと困るので医者に薬を貰ったが、すぐには眠れず3時頃から4時間くらいはぐっすり寝た。


07/09/26
曇りのち時々晴れ 464
私が属してる病気(後縦靭帯骨化症)の患者会では、今年の総会で会員名簿は作らない、と多数決で決まったという。私は患者会だから同じ病気の者同士名簿は必要だと思うのだが・・・。手術の有る、なし、病気の場所(頚椎、胸椎など)最低限の情報はお互い知っていてもいいと思う。何がいけないのか?千葉県の患者会が出来て1年が過ぎた。その前は神奈川県の患者会にお世話になっていた。そこでは会員名簿があった。別に不快な事もなかったし、それよりも電話で患者同士話が出来てよかったと思ってる。学校でもクラス名簿を作らない、と聞いたが、これって個人情報保護法とかいうやつかしら?みんな警戒してるってこと?今日患者会の会報を見て、私の近況報告を読んで、話したい方がいるとのこと、わざわざ事務局の方から電話があった。私は「電話大歓迎です」って言った。すぐその方から電話があった。特に問題はなく、お互いの病気の話をした。この病気は人それぞれで、症状がまったく異なっていることが特徴だ。手術もしてるが、私よりはずいぶんと軽いので、特定疾患の認定も止められたとのこと。普通に過ごせるというからうらやましい。


07/09/05
曇りのち時々晴れ 463
また孫が10日ほどきていて、すっかり疲れ果てた。
このところ週2回プールに行ってる。何とかして泳げるようになりたいと、そればかりを思い込んで頑張っている。そもそも去年から頑張ってるのにいまだに泳げない。泳ぐというのは25メートルを泳げたらいいなぁ〜、と言うこと。やはり歩けもしない私が泳ぐなんて無理だ、と思ったり・・・。何が出来ないかというと、息継ぎが出来ない。顔が水面から出ない・・。市民プールだから、いろいろの人がきている。泳げる人が教えてくれたりするのだが、直される事ばかり・・・。みんな泳げているのになんで泳げないのか??寝てもさめても今は泳げることを夢見ている。果たして私は25メートルを泳げるのだろうか?もし泳げたら生まれてはじめてのことなのだ。


07/08/21
曇りのち時々晴れ 462
地震もおさまったようでほっとする。田んぼの稲刈りが始まってる。
夜は虫の声が賑やかだ。きのうは友人と小学校1年生のときの担任の先生のお宅に行った。先生は去年夏の骨折以来、手術、リハビリと去年いっぱい入院していた。今は自宅だが車椅子生活になってしまったとのこと。週6日はディサービスへ、3箇所に通ってると言う。息子さんのお嫁さんは私たちと同じ歳。仕事をしている。先生は一人では家にいられない。この数年間で転倒しては大たい骨、股関節、腕と次々と骨折した。先生は歯がいい。虫歯もなく全部自分の歯だと言う。だから食事も良く食べる。元気な時は生涯大学に通ったりしていたという。ディサービスでの遊びで歌を歌うのは良いが、折り紙とか、塗り絵とかは苦手らしい。今はお孫さん夫婦も同居、三世代が住んでいて、1歳になる曾孫さんが男の子で、保育園に行ってるが、帰ってくると賑やかで可愛いそうだ。いい刺激になると思うが・・・。私たちのことがわからなくなったら困るが、何とかリハビリを頑張って、元気でいて欲しい。


07/08/16
曇りのち時々晴れ 
今朝は4時15分ころの震度4の地震に驚いて「キャー、キャー」と2回ほど叫んでしまった。長く揺れていた。その後もすぐ後にずしんと落ちるような地震、それから5時にも揺れ、群発地震なのか、余震なのか?8時台になってドラマを見ていたら3回ほどグラグラと揺れて、もう心臓にもよくない気がしてきた。大事なものをまとめて、どこか避難したほうがいいのか??などと考えてしまった。10時友人宅に出掛け、「怖かったねぇ」と話してた。震源地が千葉東方沖と言う。ここには地震の巣があるとか?時々揺れるのだ。何年おきかに大きな地震があるとか?震源地はわが町の海に近く、これでは大きいわけだ、と思った。友人宅では幸い揺れも感じられず、これで収まってくれたらいいなぁ〜。きょうで新潟の中越沖地震から1ヶ月、いつくるかわからない地震、地震はやっぱり怖いな。


07/08/10
曇りのち時々晴れ 460
きのうは友人の通夜に行った。悲しい通夜だった。亡くなったのはまだ若い30歳代のお母さん。小学校2年生の女の子と、幼稚園児の男の子を残して、心の病でお母さんは亡くなった。斎場では女の子が若いお父さんにしがみついて泣き続けていた。男の子は時々お父さんに抱きついていた。お父さんも時には涙を拭きながら・・・。たくさんの参列者が来ていた。ご焼香が始まると、それでも女の子は少し落ち着いてきて、ご焼香する人たちを見ていた。ご焼香が終わるとまた泣き声になった。彼女は三人目の子どもさんを妊娠したが、その後流産したと聞き、そのことがきっかけになったのか、だんだんとやせ細って見え、顔色も悪く、表情も暗い感じがした。幼稚園児の男の子が登園していないとか、人と会うのをさけてる、と言うことを聞いた。その頃きっと病院にもかかっていたのだろう。とっても真面目なお母さんで、子どもさんも屈託なく遊んでた。亡くなって聞いた話では、ご近所とのトラブルもあったらしく、引越し先も決まっていたらしい、と言う。前日に町内会の盆踊りがあり、お父さんが役員で後片付けに出掛けてたとき、子どもが見つけた。子どもの傷は深いだろう。どうか二人の子どもたちよ、健やかに育って欲しい・・・。


07/08/06
曇りのち時々晴れ 459
この前夫が「姫睡蓮」の苗を買った。苗が植えられた鉢を、睡蓮鉢を買ってきて、水の中に入れた。睡蓮にメダカの卵がついていたらしく、かわいいメダカが次々と生まれた。5ミリもしないような大きさのメダカが泳いでるのは可愛い。そのうち夫は田んぼに行き水路からメダカ?をすくってきた。私は何かの魚の子どもでは?と思ってるが・・・。そのとき1匹大きな10センチくらいの魚が入ってた。それらを睡蓮鉢にいれ、またドジョウのこどもやらも入れ、睡蓮鉢はたちまち一杯になった。しかし間もなくメダカが一匹残らずいなくなってしまった。どうしたのだろうか??大きな魚の影が見えた、きっとこの魚が食べてしまったのだと思った。夫はその魚を元の田んぼに戻して、またメダカをすくってきた。今度は元気に泳いでるのが見える。あの魚は何だったのだろうか?草魚?雷魚?とか夫は言うが・・・。たくさんのメダカを食べた大きな魚はきっと大きくなっていたのだろうな。


07/07/24
曇りのち時々晴れ 458
約1週間ほど3歳10ヶ月の孫を家に連れてきて一緒に過ごした。ちょっと熱がありママは大学の試験中で休めないと言うので、孫にお婆ちゃんのところに来る?と聞くと「行く」と言う。本当にひとりで大丈夫か心配だったが、まったく心配は無用だった。保育園が嫌いとかも言ってる、今年4月から通い始めた保育園は異年齢集団で組が決められていると言う。どうもいまだになじめないところもあるようだ。だんだんと好き嫌いもはっきりしてくるし、お婆ちゃんは甘いから、ママみたいに叱らないのがわかってきてるのかもしれない。お菓子だってテレビだって、ママよりも甘やかしてるかな?環境だってこちらのほうがいい、散歩もいけるし、公園もあるし、トンボ取りに夢中になったり、きっと楽しいんだろうな。孫の家は商店街の裏で公園も近くにはなく、3階なのでちょっと外に行くことも出来ない。この春わが家の隣に川崎から引っ越してきた家族がいる、子どもが三人いて小学1年生の女の子とすっかり仲良しになって、遊んでもらってた。弟がふたりいて孫と同じ歳の子もいる。お隣では学校も幼稚園も夏休みになって、賑やかな声が聞こえる。子どもの声が聞こえるっていいものだ。


07/07/09
曇りのち時々晴れ 457
6月26日飼っていた犬が死んだ。あれから2週間がたった。私は犬や猫が子どもの頃から苦手だった。まず両親が犬猫を嫌っていた。そのせいか犬にも猫にも近づくことが出来なかった。死んだ犬は「ピース」と言う名前だった。私が病気になってしばらくして娘が貰ってきた犬だ。私は犬は飼えないと言ったのにもらってきた。生まれて数ヶ月の子犬は可愛い、大きくなった頃娘は家を出ていった、犬の散歩はわたしの日課になった。杖をついて歩く私に犬の散歩はかなり危ないものだったと思う。それでも散歩に行く人がいなければ、雨が降ろうが行かなければならず、9年間あまりをピースと一緒に過ごした。今年の春に右足の付け根がはれていて、病院で診てもらったら「悪性腫瘍」と言われた。心臓も悪いと言われた。手術しても助からないと、足を切断しなければならないとも。そして間もなくしてその足が痛むらしくしばらく足を上げて歩いていた。それもそのうちにしなくなって良かったと思っていたら、だんだん元気がなくなってきて、歩くのがやっとになって、亡くなる日の朝もう餌を口にしなくなり、散歩も行こうとしなかった。娘に電話で知らせようとして、電話口で私は泣き叫んでしまった。こらえていたものがいっせいにあふれた。「ピースがもうだめかもしれない」と言うだけで泣いてしまった。しかしその後ピースは元気そうに見え、これならば数日は大丈夫かも、と思われた。しかし夕方4時ころ見たら倒れていた。もう息はしなかった。犬は痛いとも言わずに、静かに逝ってしまった。今は思い出すと悲しくなる。しかしわたしの体も限界だった。もう犬は飼えない、飼わない。


ところが末の娘が動物が大好きで、団地住まいなのに、猫を拾ってきて住みついてしまったり、カラスにやられて傷ついた子猫を拾ってきたりして病院へ連れて行ったり・・・。そのうち団地から引っ越して今の家に来た。即犬を飼い始めた。私は犬に触るのも怖かった。何とか慣れてきたものの、散歩などはみんなわたしの仕事になってしまった。昼間誰もいない家で犬は待っていた。娘はここに来てから、何回も猫を拾ってきた。


07/06/25
曇りのち時々晴れ 456
今年の梅雨は真夏のような暑さだったり、今日はまた梅雨寒で半そででは寒い。北海道苫小牧の「ミートホープ」と言う会社の、あのひき肉偽装はニュースで知る限り、まったく食品会社として許せない!ついこの間までは「中国製のものは買わない」と友人が言ってたが、国内産だからと言って安心できない、いくらでも偽装が出来るんだから・・・。何が安心できるのか?
同人詩誌が出来てきて、いつも読んでくださる方に送っている。送る人の中に私が入院中にお友だちになった方がいて、返事の電話がかかってくる。お歳はもう96歳だと思う。目が悪くって新聞も大きな字しか読めない、とおっしゃってるが、わたしの作品は読んでくださっている。「今回もお孫さんかわいいですね」と言ってくれた。ほとんど外に出ることもないとのこと。いつも私は絵手紙を一緒に送るのだが、今回「びわでしょう?」と言われて、びわの絵手紙は送っていない、と思ったが、さて何を送ったか?考えてみたら、青梅を送ったことに気がついた。二つの丸い実と葉っぱが、まだ青いびわに見えたのかもしれない、と思った。お話はスムーズとはいかないが、電話での会話を楽しみにしてくれる。いつまでもお元気でいてほしい。


07/06/12
曇りのち時々晴れ 455
先日友人4人でカラオケに行った。友人の一人が同窓会があってカラオケをやらせられるから、練習しようと言うことだった。ほとんどカラオケには行ったことがないそうだ。私も歌うのは好きだが、自分が自信を持って歌える歌がない。「中島みゆき」の歌に「宙船」(そらふね)と言うのがあり、いい歌だなぁ〜と思って、カラオケでどうかな?なんて思ったが、なかなか難しい。「ララバイsinger」と言うアルバムが家にあったので聴いてみると、中島みゆきっていい歌うたってるなぁ〜、と改めて聴いている。今までは放送から流れる歌しか聴いていなかったし、知らなかった。激しくたたきつけるような歌い方だったり、優しくささやくような歌い方だったり、歌詞もすごいなぁ、と・・・。「重き荷を負いて」では「がんばってから死にたいな、がんばってから死にたいな 這い上がれ這い上がれと 自分を呼びながら 呼びながら」と言うフレーズがある。ここのところが妙に響く。「あなたでなければ」と言う歌詞では「あなたでなければイヤなんです あなたでなければダメなんです」この繰り返しのフレーズもメロディーとともに面白く響く。すごい歌手なんだなぁ〜と思った。


07/05/28
曇りのち時々晴れ 454
床が変わると寝られないというが、このごろ旅先では寝られないのが当たり前みたいになっている。それが少し苦痛ではある。しかしいつもたっぷり寝ているのだからいいか?と思う。帰りのバスはお蔭様でぐっすり寝てしまう。あっという間に帰途に着く感じ。さて旅の翌日は8時前に宿を出発、ワサビ工場見学となってる。昨日SLで登ったところを、今日は車で走る。山をどんどん降りているのがわかる。いたるところに茶畑があって、お茶の生産量ってすごいだろうな、と思ってしまう。ワサビ工場はお土産を買うために寄ったもの。そこから次は三保の松原に向かう。海岸沿いの道を海を見ながらバスは走る。海沿いにはイチゴ畑が広がっていた。もう時期は終わりだが、成東町のイチゴ街道より規模が大きかった。こんな海のそばでビニールハウスは大丈夫なのか?石垣イチゴと言うのを聞いてるが、ここがそうなのか?イチゴの季節は観光客もたくさん来るのだろう。まだかまだか、と思いつつやっと三保の松原へ。ここで昼食のお弁当を食べる。立派な松並木が広がっている。さすがすごいところ。羽衣伝説の松は樹齢650年とか、私は歩くのも大変で近くまで行かなかった。その後私たちはある冤罪事件の現地調査に向かった。それが終わったのが3時半、そこから帰路に向かった。7時半には出発場所に着いて旅も終わった。
 

07/05/25
曇りのち時々晴れ 453
20,21日と地元の人たちと寸又峡温泉1泊の旅をしてきた。地元を朝6時半出発し、東名高速で焼津インターで降り、大井川鉄道金谷駅でバスから降りSLに乗り換えた。日曜日で観光バスも次々と到着、ホームは人であふれていた。12時2分前に発車、車中でお弁当を食べる。SLは昭和五年製のもの。大井川に沿ってドンドン汽車は進んでいく。沿線では写真を撮る人、手を振る人などがいた。大井川は水は少ししか流れていなかった。車窓からは新緑の山々、茶畑がきれいに見えた。1時間10分千頭駅でSLを降りる。待っていたバスに乗り、寸又峡温泉へと向かう。車1台がやっと通れるような細い山道を登っていく。スリル満点。こんな山奥に温泉が??南アルプスの登山口にもなってるくらいだし、山懐に包まれた温泉だった。「光山荘」と書いて、「てかり山荘」と言う宿に泊まる。夕飯までに近くを散策に、私は行けないだろうと思ってたら、車椅子を借りてきてくれて、押してもらってプロムナードと言う道を行く。道の奥に「夢の吊り橋」と「飛龍橋」がある。吊り橋は急な登り道と、急な下り坂があるのであきらめる。飛龍橋は高さ70メートルのコンクリート製の橋。見下ろした橋の下はきれいだった。ダムになっているところは水がとっても青くきれいだった。温泉は硫黄泉で美女つくりの湯と言われてる。肌がつるつるになった。(続く)


07/05/17
曇りのち時々晴れ 452
知人が近くの農家の空き地を借りて、山羊を3匹飼っているを見て、先日孫が来た時に連れて行って見せた。喜んだのは娘と夫。孫は怖がっていた。
知人は知り合いの農家の空き地を借りて、小屋まで建ててあった。70歳になるとか、以前は畑を借りて野菜を作ったり、ウサギを飼ったりしていた。本人いわく、定年後、本当はもっと山奥でこんな生活がしたかったんだ、それが俺の夢なのだと言った、お金がないから、なるべくお金を使わずにね、と言う。なんで山羊なの?山羊を飼ってどうするの?と聞くと、みんなそう聞くんだよね。山羊の乳は飲めるんだから飲んでるのかな?前は犬を飼っていたが、近所からうるさいと言う苦情がきたらしい。山羊はおとなしいし、黙々と雑草を食べている。その姿は見ていて可愛い。夜は囲いの中に入れるそうだ。きっと知人は体を使うことが好きなんだろうな、若々しい。お酒が好きで、結構頑固で喧嘩もする。時々ここに山羊を見にこようかな。子供の頃母が近所の人から山羊の乳を買って飲んでいたことがある。その人は川の土手の斜面で1匹の山羊を飼っていた。乳は独特の臭みがあったのを覚えている。


07/05/07
曇りのち時々晴れ 451
連休の後半は4日間もあって、そのうち3日間はいい天気だった。4日間何もせず、どこにも行かずに過ごした。はっきり言って暇だった。いい天気だって出掛けたところで混雑してるし・・・。毎日が日曜日の私などは連休は困ってしまう。近所では他県ナンバーの車が来ていた。きっとお客さんが遊びに来てるんだなぁ、と。老後は晴耕雨読の生活、なんて憧れだったが、病気では何を耕せばいいのか?何にもしないで、毎日家事をやって、家族の食事を作って、他は何にもしない・・・。時々プールに行って、絵手紙サークルに行って、楽しみがないなぁ〜、と断っていた旅行に行こうかな、と思い立った。先に楽しみがないと、元気も出ない。旅行を楽しみに体力つけなきゃ、と思うと頑張って歩いてみたり・・・。歩けないことには旅行なんて無理だから、体調が悪いと思えば悪いし、それでもそれは我慢するしかないんだから・・・。楽しいことがあれば、きっと辛いことも耐えられるし、過ぎてしまえば、楽しい思い出だけが残るはず。


07/04/25
曇りのち時々晴れ 450
今月は晴れの日は4日間だったとか。このところの雨にはうんざり・・・。
今日は25日だ、今までだったら25日は給料日であった、しかし夫が退職した今、けじめの日がなくなった。先日夫とともに近くの社会保険庁分室に年金相談に行った。会社を辞める前に1度相談すればよかったのだろうが、なんと2ヶ月分の厚生年金があれば、65歳で年間80万円増えるといわれ、何とか働いて厚生年金を納めたほうがいいですよ、と親切に教えてくれた。しかしこの歳で会社勤めがあるわけがないだろう。良く聞くと小さな会社で厚生年金をやっていないところで、自分の厚生年金を会社負担分も含めて、自分で払うと言う方法があるそうだ。そんな会社があるだろうか??年金というのはなかなか複雑な気がする。しかし相談員は仕事だから当然なのだが、すらすらと説明する。たくさんの人が来ていた。家に引きこもり気味な私だが、外の景色は1週間前に比べ、すっかり緑が濃くなっていた。年金相談会の案内に目も向けようとしなかった本人がいけないが、80万円は大きいよ。


07/04/16
曇りのち時々晴れ 449
昨日はわが町の近くで「水芭蕉」が咲いていると新聞で読み、早速行ってみることに・・。あの尾瀬に咲く水芭蕉がどうして千葉に?と思いつつ、写真があるから本当なんだろうと、まるで半信半疑ながら、是非見てみたいと出かけた。住所を頼りに行くが、何回も道をたずね、大きな寺があったので、そこで聞いてみると、知っていて教えてくれた。しかしそれでもわからなくって、探してやっとたどり着いた。大きな長屋門の奥に山が広がっていて、少し山道を登って行く。数人の人たちが見に来ていた。葉っぱが大きく伸びてしまってるので、あの白い水芭蕉の花(正確には花ではない)はもう終わりに近い形だった。本来高山植物なのでしょうが、林の下の日陰で、山からの湧き水?で湿った地面が環境に合うのでしょうか。ここの方に聞いたところ、妹さん夫婦が群馬に行って、水芭蕉を栽培している方から貰ってきて増やしたのだと言う。それをここに植えて増やしてるそうだ。山道にはスミレがたくさん咲いていた。あちこちに咲いてるタンポポは日本タンポポだった。八重桜は満開、庭木は手入れがされている。しかし畑も田んぼも今はやれる人がなく困っていると、ここの奥さんは話してくださった。帰りに茂原公園によって新緑を眺め、茂原美術館で絵を見てきた。


07/04/06
曇りのち時々晴れ 448
今朝NHKの朝ドラが終わって、5分間のニュースの後の生活ホットモーニング「この人にときめき!」で藤山直美さんが出演していた。赤いトレーナーにジーンズ姿、とっても若々しく見えた。お歳は49歳とか言ってたようだ、あまりにも若く見えるので確かめたらばやはり49歳でした。先ごろ終わった「芋たこなんきん」を楽しく見ていたが、今日はまた可愛らしく見えた。王監督のファンでソフトバンクの試合を見にどこにでも行くそうだ(時間があればの話しですが)先日もマリンスタジアムに見に行ったとか。
話は変わりますが、息子の税金が過去にさかのぼって申告したらたくさん戻ってきた。本当に気がついてよかった。過去にさかのぼるほど、戻ってくる額が多かった。世の中税金が高くなってると言うことかな?
小学校の友人から、同級生がうつ病で入院してるらしい、とのこと。心配だが家族は隠したがるのでお見舞いに行ってもいい顔されないとか・・。まあ、それはそうだろうな。老人性のうつ病もあるらしいので、今の時代、元気で過ごすことが難しくなってるな、と思う。


07/03/27
曇りのち時々晴れ 447

ずいぶんと長いこと投稿を休んでしまいました。外はすっかり春です。
九州鹿児島から娘が来ていたり、夫が退職したり、ママさん大学生の娘が孫と来ていたり・・・、とっても忙しい毎日になってしまいました。今日は久しぶりに一人になったものの、疲れが出たのか何も手につかず、ボーっと過ごしていました。パソコンも見るだけの生活だったので、キーを打つのも初心者のようになっています。世の中日々いろいろのことがおきています、私のまわりでもいろいろのことがおきて、不安な気持ちになったり、寝られなくなったり・・・。私はもう何年も「寝られる薬」を飲んでますが・・。友達の中にも「寝られない」と言う人がいます。やはり薬を飲んだりしてるようです。寝られないのはつらいです。私は毎日昼寝を30分位していましたが、最近は思うように寝られず、疲れがたまっていました。今日は昼寝をしていたら友だちから電話で起こされ、長々と1時間くらい話していました。途中友人の携帯電話が鳴って、娘さんが看護師の国家試験に合格したと連絡がご主人からあったそうです。でも娘さんは四国を旅行中で、自己採点で大丈夫と言ってたそうです。長男の結婚式のことなどで友人も、いろいろと大変そうでした。


07/02/23
曇りのち時々晴れ 446
息子が去年まで働いていた会社は、小さな会社で健康保険は国保、年金は国民年金を個人で払っていた。年末に年末調整の書類がきていたが、私は国保や国民年金が控除になると知らなかった。ところが今年国民年金は控除されると、どこかで聞き確定申告をすることにした。そしたらば国保もできると知り、役場に行って書類を貰ってきた。わたしはこうした書類が苦手で、知人に頼んでやってもらったら、なんと2万9千円戻ってくるよ、と言われて驚く。国民年金の納めた証明書が12月ころに来ていたな・・・、息子に会社に出すように言ったんだけど、出さなかったようだ。その葉書にもちゃんと赤い文字で書いてあった。ここ何年か損していたわけだ。さかのぼって出来るのだろうか?確定申告ってあまりやらないからわからないけれど、夫も退職だし、来年からは自分でやることになるのだろうな。


07/02/22
曇りのち時々晴れ 445
本当に暖かな日だ。暖房もいらない。今年の夏はどんな夏になるか?心配だ。娘が引越しした。近くに自衛隊の演習場があってうるさい日があると嘆いていた。たまたま昨日娘のところに行ったら、ちょうど練習機が上空を飛んでいた。100機くらい飛ぶと娘は言う。途中の道路でも「練習中」と書かれた車にも出会った。色といい、大きさ、形が独特だ。確かに外に出たら爆音がうるさい。見ていたら何かが機体から落ちてくるのが見えた。落下傘部隊の演習らしい。この賑やかな街の中に住む人々は、このような騒音に耐えることはなんでもないのだろうか?静かな町で暮らす私には、犬の鳴き声がうるさい位なのだが・・・。慣れればなんでもないのか。基地の町に住む人たちはもっとすごい騒音に悩まされていることだろう。その昔は演習場のあたりに人家はそれほどなかったのだろう。


07/02/13
曇りのち時々晴れ 444
今朝ラジオを聴いていたら、内橋克人氏の話が耳に残った。今銀行は利息が低いので、株式投資などでお金を増やす人が増えているそうだ。このことがますます格差を広げてるとか?私のまわりでも株をやってる人が結構いる。ある程度のお金があれば、銀行や郵便局にただ預けているより、株で増やすことが出来るのだとか。そうゆう社会に変わってるのだなぁ〜、と教えられたが、株なんかわからない人はたくさんいるんでしょうし、株も損することがあるから怖いと思う。まったくの素人に株は出来るのか?
新しい職場に行きだした息子は、昨日発熱し医者で「インフルエンザ」と言われた。5日間は休むように、とのこと。早く覚えなければ、引継ぎができないとか・・。気が休まらないだろうけれど、早く回復してほしい。


07/02/08
曇りのち時々晴れ 443
息子も仕事が決まって、今週から働き始めた。ほっとしている。昔は就職試験を受けると、帰りに交通費などをくれたものだが、今はそんなこともないらしい。(出すところもあるのだろうけれど・・。)慣れるまでは大変だろうけれど、頑張ってもらいたい。鹿児島から娘が来ていた。先日帰ったが、1週間以上も娘と過ごす、というのもなかなかないことだろう。(夫さんは仕事でこられない)子どもがいないので、いろいろと家に中のことをやってくれたし、掃除などお姑さんに教わったらしく、とってもきれい好きになったみたい。それと料理も洗濯も犬の散歩もやってくれたので、とっても楽だった。私は少し太ったかもしれない。娘が太りたいほうなのだが・・・。娘は食べ物を捨てることに対して厳しく、私など残りもののの料理を、すぐ捨ててしまうほうなのだが、残さず食べなきゃダメと怒られた。環境のことを考えてゴミを減らすことにも気を使っている。夫さんはほかほか弁当ばかりでいい加減あきたであろう。娘も家を出て10年。結婚する時残していったものも片付けたようだ。学生の頃のものが多かったが、やっと整理がついたみたいだ。


07/02/02
曇りのち時々晴れ 442
1月も終わって、2月が来て、風邪をひいてしまいました。喉が痛いな、と思っていたら風邪です。熱はないのですが・・・。やはり冬のプールが良くないのかしら?温水プールだけれどねぇ。忙しい日が続いていたし・・・。声が思うように出せない。しゃべるのが辛い。今朝は寒かった。風が喉にもしみる。早くこいこい春!!でも庭の片隅にはオオイヌノフグリが咲いている、福寿草ももうすぐ咲きそうだ。クリスマスローズも芽が伸びてきた。日差しも春めいてきた。なのに気分が風邪ですっきりしない。やはり風邪はひかないほうがいい。ニュースでは女性を「産む機械」と言った大臣が、しぶとく辞めないのはなぜ?代わりの人が居ないから??「不二家」のずさんな衛生管理、テレビの番組ではデーターの捏造と、どこもおかしい。今日はイチゴに基準を超える農薬が見つかったと、たくさんのイチゴが廃棄処分されてた。もったいない???

トップ映画速報ライブラリー投稿欄
曇りのち時々晴れストライプな日常ペット