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投稿欄(2009年)
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09/01/05
マーガレット
 「あー、どーしよう。見ようかなー、このまま寝ていようかなー」布団の中は、ぬくぬく。でも思い切って、「初日の出、見よう!」カーテンを開けて、残念!もうかなり水平線の上のほうです。7時7分過ぎでしたから。初日を海岸で迎えた人たちが、帰って行きます。布団にもぐって次に起きたのは、実業団駅伝の、一区の途中。テレビの前の、かぶりつきに陣取りました。自称「箱根通」の私は、「あー、徳本! あー神様仏様、あつし様!あー、藤田!」って、「箱根」を卒業して、この駅伝に出ている選手に、わくわくです。12時過ぎ、夫が作ってくれたのは、、なんとカツライス定食。キャベツの千切りの上手なこと。マグロのぶつで、だしをとったというおつゆの、美味しいこと。キラキラの海を見ながら、テレビをちょっと休んで、ベランダで、質素でおいしい「お昼」でした。100キロをたすきでつないで、最後の50メートルを三人で競って、1秒の差で勝ったのは、千葉の富士通でした。4時間51分55秒、9年ぶり二度目の優勝ですって。見ているだけでも、さすがに疲れました。元旦だと言うのに、夫が釣りに出かけた後、初昼寝をして、目が覚めたら、もう夕方でした。初日の出を撮れなかったので、初日の入りを撮りました。夜、テレビでは、日比谷公園の派遣村の様子を伝えていました。政治を変えなければどーしようもありません。そして、二日の朝、、ベランダから見える伊豆大島は、真っ白の雪帽子をかぶっていました。


08/12/23
MIN
◇映画「K−20快人二十面相・伝」
 とても面白い映画であった。
 時は1949年の帝都。日本は、英・米と平和条約を結び、第2次大戦を回避していた。その結果、19世紀からの華族制度がすすみ、格差は極端となっていた。主人公の平吉(金城武)は、サーカス団の人気曲芸師。貧乏な彼は、団長の薬代にと明智小五郎(仲村トオル)男爵と、羽柴財閥の跡取り娘・葉子(松たか子)の結納の儀の写真を盗み撮ることに。ところが、カメラのスイッチは爆弾の起爆スイッチだったのだ。この日、怪人二十面相から羽柴家の「バベルの塔の絵を盗む」という予告があったのだ。平吉は、二十面相として捕らえられることに。護送中に、サーカス団の國村隼たちに救われ貧民窟のアジトに。國村隼は、盗賊団の頭だった。そこで平吉は、泥棒の免許皆伝書を渡されることに。伝説では、二十面相もこの書で修行したのだと。
 ということで、修行を積む平吉はスパイダーマン並みのスーパーマンとなっていく。その修行中に、二十面相に追われていた葉子を助けることに。助けた葉子を、貧民窟に案内。そこで葉子は、貧民の存在とそこの孤児たちの姿を真の当たりにするのだ。やがて平吉は、二十面相と対決することに・・・、という物語。貧富の激しい格差社会に対する批判や、華族と貧民のギャップの可笑しさを描いたり、二十面相の正体が明かされる逆転劇など、ともかく可笑しくて面白い映画でした。


08/08/26
ハッチー
マラソン、ワンジルをうけて
日本仕込みとは笑わせますね。
プロ野球風に言えば「助っ人」ですね。
だいたい日本マラソン危機
夏もスピード化等々書かれていますが、そんなことはもう30年も前から言われていることです。
夏は別だったなんて言うに至っては、ホントにあなた陸上関係者ですかと言いたい。
暑い夏、30年くらい前にあったモントリオール大会で既に、2時間10分を切るタイムでチェルピンスキーと言う選手が優勝しました。
当時としては冬でも好記録です。さらに5000、10000メートルで優勝したビレンと言う選手が入賞し、その時頃からトラック競技のマラソンでの重要性が言われ始めました。
しかし日本では、その後、箱根駅伝がヒートアップして駅伝こそマラソンへの登竜門みたいな様相になりしまた。
私は今のようなヒートアップした箱根駅伝や甲子園を目指す球児は練習が過酷すぎて体を壊していると思います。
そして前回にも書きましたが、子供の頃から環境に恵まれ生活が練習みたいなアフリカの選手が台頭してきた今では男子はもとより、女子でも既に日本のお家芸ではなくなっているのです。


08/08/25
ハッチー
 やっぱり負けた星野ジャパン をうけて四年に一度のバカ騒ぎもようやく終わりになりますね。金は目標ではなく至上命題と言われた野球は、キューバはもとより韓国、二軍でそろえたアメリカにも負けてしまいました。技術的に四カ国は差はないと思います。(キューバはちょつと抜けていると思いますが。)しかしその評価だけで勝負が決まるなら試合をする必要がなく、そういう場面でどう勝つかを意識して取り組める者が勝つのだと思います。
 陸上400mリレーのようにです。陸上は技術的に劣る部分も克服し運も味方しました。編集長とはちょっと意見が違いますが、そういう意味では、ニュアンスが少々違いますが私も気力とか精神力とか気持ちで負けたのだと思います。その1番の原因は、日本の選手は、シーズン140試合を通しての戦いかたに慣れており、高校野球のように負けたら終わりと言う戦い方ができなかったということだと思います。
 日本のレギュラーシーズンでは負け試合とか棄て試合というのがあるように思います。全部勝つのは不可能ですから。しかし短期決戦のトーナメントでは絶対に負けられない訳ですから、確実に点を取って守り切るという戦い方が重要なのです。
 私はリアルタイムで見ていないので良くわかりませんが、早い回で4点差をつけられて、戦い方が単調になったと言うことが書かれていましたが、日本のレギュラーシーズンではもう負け試合と言うのが多いです。しかし高校野球などではワンチャンスで行けるし、今回のように早い回ならコツコツ1点ずつ返していくと言う戦い方があつたはずなのにバントで送るようなことをしなかったと言うことがそれを裏付けています。
また星野監督の下にいた川上や岩瀬を重用したのも疑問に思いますね。投手は先発、抑え、中継ぎ(勝っている時、負けている時)と分業制となっており、調整の仕方もまったく違います。それらを無視した起用法は投手のリズムを崩します。
 それは投手出身の星野監督が1番知っているはずなのでずか、実は彼自身はし熱血・根性世代の投手で、彼自身の経験不足による継投ミスでありましょう。また、高校野球のように負けたら終わりと言うような戦い方と言うのは必ず、絶対的なエースと精神的な柱にとなる人がいるチームが強いのだと思います。
 今回のチームはオールスターではありますが、勝てるチームと言う感じはしないと言うのは、多少でも野球を知っている人なら皆思ったのではないでしょうか。果たしてその結果は懸念どおりとなりました。野球に限らず、終わってから敗因を幾つも指摘する意見がでていますが、おそらくはスポンサーとかの関係で、事前にそう言う発言はできなかったのだと思います。バレーやサッカー、マラソンもしかりですね。
 柔道はことごとく負けた中で、最重量級の石井が優勝したのはよかったですね。彼は世界柔道のルール変更やヨーロッパでの戦い方を研究し常にかつ柔道を目指し練習してきました。春の全日本柔道選手権で強豪鈴木などポイントで破り優勝しましたが、日本の一本をとる柔道ではなくポイントで勝つ試合をしたため、解説者にもふさわしくない試合などと批判されましたが、彼はそのスタイルをついて、有言実行、頂点に
立ちました。
 女子マラソンは、唯一の期待、野口が棄権した時点でメダルの希望などなかったにも関わらず、かすかな望みでマスコミに持ち上げられた残りのメンバーはいい迷惑でしたでしょうが、野口より前から怪我をしていたとあっては、もうなにもコメントのしようもなく一同沈黙状態でした。男子マラソンは既に世界レベルからは大きく水をあけられています。かつて有森や高橋選手を育てた小出監督がかつて言ってましたが、いずれは男子のようのにアフリカの選手が台頭して日本は勝てなくなる。その前にメダルを取れるのは女子といって彼女たちを育てました。
そしてもうその勝てない時代が来たのでょう。

 昔ほど興味もなくなってきましたが、注目競技は色々な意味で興味があり、断続的には見てましたがプロが解禁されてからのマスコミの騒ぎようが増してきたように思います。
ロス五輪以降、金のなる木となったイベントは


08/06/30
MIN
宮醤油の店舗は江戸時代のまま

 富津市佐貫にある給{醤油の敷地内建物が、昨年7月に一括(店舗等9点)して「登録有形文化財」に指定されました。専務の宮敬一郎さん(40歳)に、建物のことやこだわりの天然醸造醤油の製法のことなどお聞きしました。
 JR佐貫町駅から国道127号に突き当たる交差点の向こうに、大きな樽(直径2.4m・高さ2.4m)が2つ並べられているのが目につきます。ここが、1834年(天保5)に創業した宮醤油の工場と店舗がある処です。良い醤油樽とは、10年以上使い込まれた繁盛した店の樽だそうです。そういう樽には、良い菌が住み着いているからです。宮醤油では、事業を拡張しようと「中古の良い醤油樽がみつかったら手に入れるように」と、樽屋さんに頼んでいました。そこで運ばれてきたのが、2本の大樽です。しかし、工場をすぐに拡張できなくて、永い間駐車場にそのままにしていました。ところが知らない間に、この特徴のある大樽が町の名物になっていたのです。工場拡張のメドがたち、2つの樽は敷地内に。そうしたら、「樽がなくなった」と大騒ぎ。あわてて、「何でもいいから大樽2つ持ってきて」と樽屋さんに頼み込み、今日に至ったのです。
 宮醤油には、この大樽が31本あります。1樽で、一升ビンで五千本とれます。江戸時代からのものが6本。内3本は、174年前の創業時から使われているものです。
 宮醤油では、天然醸造方式による「本醸造」のタマサ印(登録商標)の醤油をつくっています。キッコーマン等の大手メーカーは、「適温醸造方式」といって、大規模で製造期間が短く、季節に関係なく量産が可能な方式をとっています。天然醸造は、温度変化を自然に任せるため、1年のうち決まった期間しかつくれません。また製造期間も、最低1年から最高2年かかります。しかし出来た製品は、ムダが多い分いちだんと風味のあるものとなるのです。天然醸造は、天候に左右されるため品質にバラつきがありますが、このマイナスが大手メーカーとの差別化になったのです。
 千葉県には、昭和初期に400社の醤油店がありました。しかし今では、大手3社を含め13社しかありません。中小メーカーは、次々に撤退していきました。宮醤油も困難な時期を向かえましたが、昭和40年代に活路を東京に求め、販路を拡大しました。地元では不振でしたが、東京の生協に天然醸造醤油を卸すことができたのです。そのため、地元の佐貫の店舗等は改築もせず、江戸時代のまま手付かずにおかれていました。それが今日、歴史的建造物であるとして「登録有形文化財」に指定されたのです。
 製造工程を見学させてもらいました。江戸時代からの6本の樽のある蔵のなかでは、満杯の樽のなかでブツブツという小さな音で、発酵していることがわかります。麹菌が酸素を求めているのです。この蔵の天井には、白い「蔵付酵母」がこびりついていました。なるほど、江戸時代からの酵母で宮醤油の醤油がつくられているのだ、と実感させられたのでした。
宮醤油への連絡は、富津市佐貫247番地、電話0439(66)0003まで。尚、工場見学はい
つでも受け付けています。

08/06/27
MIN

6月に、安房郡鋸南町の鋸山にある日本寺に行きました。そこには、日本一の大仏があるというので、初めて訪れてみました。台座に坐った大仏(薬師瑠璃光如来)で、31mの高さです。すぐ近くの佐貫駅の側にも、これまた日本一の高さ56mの東京湾観音(菩薩)の立像がありますから、日本一の大仏は間違いではないかと思いましたが、こちらは如来(つまり仏)で、一方は菩薩だから、大仏では日本一で正しいことになります。
この大仏の建立は、1969年。佐貫の東京湾観音は、1961年と建立してからいずれも40年近く経過しています。千葉に越して39年の私ですが、いずれも初めて訪れたのでした。


08/05/21
MIN


 5月の連休に、オーナーの参加で田植えを行っている鴨川市の大山千枚田を訪ねました。後日、大山千枚田保存会の石田三示(みつじ)会長(56歳)に、話を伺いました。
 棚田は、「お米が欲しい」と山を崩して、古来から励んでつくられました。今では、その素晴らしい景観だけではなく、治山治水や洪水調整ダム機能、生物の豊富さが見直され、世界遺産に指定(中国雲南省の元陽棚田等)されたものもあります。大山千枚田は、「日本の棚田百選」と「県指定名勝」に認定され、その景観は貴重な文化財であることが広く知られるようになりました。しかし、棚田はもともと国の減反政策で真っ先に放棄されてきました。棚田は、急傾斜の中山間地につくられたもので、米作りには不利な処なのです。
 石田さんは、「このマイナスが財産だった」と云います。大山千枚田に無いものは、灌漑用の水路と後継者でした。それに棚田は一枚一枚の規模が小さく、国のすすめる近代化・機械化ができませんでした。そのため放棄田が目立ち、世襲では維持できない現状だったのです。だからこそ、「棚田オーナー制度」を取り入れることができたのです。今では、オーナー制度の導入で農地の維持管理に成功した事例となって、各地の団体・行政の視察も多数にのぼります。
 保存会の目的は、この地域の集落の人の活性化にあります。棚田の保全のみではやっていけません。現に、保存会の総事業で田んぼの割合は2割程です。その他に、千枚田周辺の棚田・里山・集落を有機的に関連づけて大豆トラスト、綿、酒、古民家を利用した家造り、自然体験など衣食住に関わる「21世紀型の暮らし方」を事業内容として取り組んでいるのです。この地域再生事業は、棚田をキッカケにし、それを生かすことで成功したといえるのです。
 5月の連休は、棚田のオーナーの参加で田植え作業が行われました。「東京に一番近い棚田」である千枚田では、連日500人程(総数で2000人弱)のオーナーが参加しました。オーナーといっても、都会の子どもたちが多く参加していました。田に足をとられしゃがみこむ子や、長靴を田にとられ「抜けない」と大騒ぎです。泥が怖くて、田に入れない小さな女の子もいました。都会の子に、田植えを体験学習させる絶好の機会に、この千枚田が利用されているのです。
 大山千枚田には、他から水を引けません。天水(てんすい)だけが頼りです。1月から天水で田を冠水させる準備が始まります。苗を一輪車で運んでいた吉田千代さん(79歳)は、田植えの手伝いをしていました。150ヘーベの田を団体(大人16人、子ども4人)で田植えをする準備です。吉田さんは、連日の雨で多すぎた天水を畦の一部を開いて減水したりと、準備に余念がありません。吉田さんは、「この年になっても、働けて嬉しい」と、生き生きした表情で語っていました。これだけでも、保存会の目的が実現(集落の人の活性化)していることが伺えました。
 都会の人は、生産現場を訪れ体験することで、食や農についての理解も生まれます。田舎人は、都会人との交流であまりにも身近な出来事である「自然の宝」に気づかされるのです。こうした都市と農村の交流を深め、里山の価値を共有してゆくことが、ひろく自然環境・国土の保全へとつながり、水や命の基である「食」がまもられていくことにつながっていくことを実感させられたのでした。
 NPO法人大山千枚田保存会への連絡は、鴨川市平塚1401-1101、電話04-7099-9050。


08/05/20
F生

尾瀬ヶ原に咲く水芭蕉

竜宮十字路からアヤメ平に行く木道沿い咲く水芭蕉

尾瀬沼周辺はまだ残雪が多い
見どころを迎えた尾瀬ヶ原の水芭蕉
 水芭蕉の便りを聞く季節が近づいてきましたが、一足早く、5月18日に尾瀬に出かけてきました。鳩待峠から山の鼻までは、まだ残雪があり、木道も雪に埋もれている箇所がほとんどでしたが、尾瀬ヶ原は雪も溶けて沢の近くは水芭蕉の群落が沢山咲いていました。天気が良くて木道の上をヒバリの鳴き声を聞きながら、至仏山を遠くに見ながら水芭蕉を眺めつつのんびり歩くのは気持ちの良いものです。でも、ひと山越した尾瀬沼はまだ雪が沼を7割ほど覆っていて、水芭蕉はこれからです。

08/05/08
F生



連休に春山登山
  今年の連休は、前半が晴れたので、4月28ー29日に北アルプスの燕(つばくろ)岳<2763メートル>に登ってきました。今年は4月に入って雪が大量に降ったため、中房温泉の登山口から、すぐ残雪を踏みしめての急な登りで、途中の合戦小屋は、屋根の上まで1メートルほど雪をかぶっていました。それだけに、5時間かけて燕岳(2763メートル)の頂上に立った時は、槍ヶ岳を初め、立山連峰まで眺望できて大満足でした。

08/03/31
てんぐさ

かに

うに
久高島その3。今回は海の生物。
ちょうど潮が引いていて、岩の上には大きな潮だまりがいくつもできていました。
穴ごとにうにが入っていてびっくり。大きな潮だまりにはかにさんも居ました。
塩が結晶になっていて、舐めてみたら美味しくて、何回もやってしまいました。


08/03/22
てんぐさ

ガジュマル

アダン
久高島その2。今回は久高島の植物。
歩いていた道は海沿いなのですが、浜との間にはフクギの防風林があって、直接海は見えません。道沿いには名前のわからない不思議な植物がたくさん生えてました。
上は、ガジュマルの木(たぶん・・・)。なんか、ご神木っぽい雰囲気がありました。
そして、下はパイナップル!ではなくて、アダンの実です。間違えないように。


08/03/17
てんぐさ


チュニジア、きれいですね。さずがフランス植民地。
私の方は「自分探しの旅」第2弾(笑)。
というわけで、10年ぶりに沖縄に行ってみました。編集長の素晴らしい写真には遠く及びませんが、これから何回かに分けてご紹介したいと思います。
最初は、久高島。
那覇と反対側の港から船で渡ります。ここは年に一度首里から王様がやってきてお祭りをしたたいへん神聖な島なのだそうです(私は行った後に知ったのですが・・・)。全長5、6キロの細長い島なので、歩きで十分です。ほとんどの人は自転車を借りてましたが、そんなに行くところがあるわけじゃなし。こういう白いまっすぐな道をのんびり歩くのが私は大好き。やっぱ離島は歩かんば。ぴーかんとはいかなかったので、海がそんなに青くなくてちょっと残念。


08/02/28
てんぐさ


道に迷ったときに、私が戻る場所の風景・・・。ちょうど大潮でした。
町には1軒だけ小さな映画館があって、次回上映作は「めがね」。
08/02/02
湧々

数年前にJRのポスターで見た冬の夜景に惹かれ、1月25日に山形県の銀山温泉へ行った。大石田で新幹線を降り、宿迎えのマイクロバスに乗り換えて銀山へ。宿までの30分余り、運転手が尾花沢訛りで話してくれた。

「『おしん』で有名になって冬にも観光客が来るようになったが、それまで銀山温泉は県内でも知られておらず、除雪に金がかかるから冬場は宿を閉めていた。冬は、除雪のため朝7時に出勤してくれと頼まれると、自分の家の前を除雪しないと出られないから、4時起きとなる。ここでは、除雪機が必需品で、1馬力あたり10万円が相場。最近、自分の家でも、年老いた父が使うから25馬力に買い替え、200万以上かかった。大きな除雪機は、操作者が落ちると自動停止するから巻き込まれず安全。でも、コンバインは後に収穫が残るが、除雪機で残るのは借金だけ。自分は雪の無い冬が夢だ。」

車窓に吹雪く風景を眺めながら、雪国で暮らすことの厳しさを知った。生活道路の除雪も市町村の公共事業だ。ここ尾花沢市あたりでは、一冬に使う金は莫大なものだろう。それだけ金をかけても、何も残らないが、それでも、住民の生活を守るためには、除雪をしなければならぬ。道路特定財源は、豪雪地帯の除雪にも使われるのだろうか。土建屋のための無駄な道路建設ではなく、都市部よりも高齢化が進む地方の生活困難を緩和するために使われるなら、高い税率も仕方がないと思うのだが。


08/01/16
F生
千葉公園の風物詩 雪吊りに白いカモメ
 
ここ数日、寒波が続き寒い日を迎えていますが、千葉公園の冬の風物詩になっている雪吊りのてっぺんにカモメがとまって寒そうにしていました。また、その横に生えている青い松には、この池の住人にもなっているシラサギがとまり、なかなか決まっていました。


08/01/09
F生

毛無山・富士山

毛無山・日の出

毛無山・山頂
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。暮れの31日に富士山の麓にある毛無山(1946メートル)に登ってきました。南面に面した登山道は雪がなく、途中で富士山も眺められ、快適に登りましたが、頂上には雪が沢山あり、富士山と反対側の南アルプス側は、ガスがかかり、雪もようでした。なお、早朝、登山口に来る途中の富士山麓で、ちょうど富士山の肩から日出をカメラにとらえることが出来ましたので、それも紹介します。 

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 ワード、エクセル、パワーポイント、の講習

2)出張撮影
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3)DTP
  小規模出版及び
  「パーソナル編集長」の講習

4)パソコントラブルの解決
 
(XP以降)の解決、家庭内LANの構築

5)速記録の作成
  (講演記録、研究会、シンポジウムへの出張録音  ならび速記録のパソコンデータでの作成)
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 訴訟資料の収集、録音テープの反訳

7)クロスワードパズル
 各種クイズの作成

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  平和と民主主義を愛するという視
点が一つ。次に一般市民が誰でも参加できる条件があるかです。あと政党と宗教団体、あきらかにプロパガンダを目的としているものは残念ですが、『鍵盤乱麻』では扱うことができません。1回2000円以上の入場料を必要としない限り、掲載料は無料です。ただし欄外篇の読者はかなり首都圏に集中していますので、出稿される方はその点をご留意願います。

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